レポート-『新撰字鏡』と『色葉字類抄』について

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2021年10月27日22:36:40 评论

『新撰字鏡』と『色葉字類抄』について

はじめに

『新撰字鏡』は平安時代の昌泰年間(898~901年)に僧侶の昌住により編纂されたと伝えら、現存する最古の漢和辞典である。『色葉字類抄』は平安末期に橘忠兼により編纂され、日本最古のいろは引き(頭字の第一音節によって分類する)の国語辞書である。多くの古辞書の中でも、日本語を主体とする辞書の原典というべき存在として注目されている[①]。このレポートでは、『新撰字鏡』と『色葉字類抄』の諸本、構成と特徴を考察したうえ、共通点としての意義分類による部首配列は後世に画数順によるものに変化した要因を検討する。

一、『新撰字鏡』の諸本、構成と特徴

『新撰字鏡』はその序文によれば、最初に唐の玄応の『一切経音義』を中心として編集を行い、寛平四年(892年)に草稿を完成し、三巻に分けた。その後、増補が続けられ、昌泰年間に至り、『玉篇』や『切韻』などを参照し、それまで漏れた文字を加えた。さらに、小学篇、本草の文字を加え、発音を確認し、十二巻の『新撰字鏡』を完成した[②]。それで、『新撰字鏡』は三巻本と十二巻本がある。現在、三巻本は散逸してしまい、十二巻本のみ残されている。十二巻本は完本と抄録本に分ける。完本は天治本と呼ばれ、天治元年の四月下旬から五月にかけて、法隆寺一切経の一部として、法隆寺の僧侶である静因、静尋、林幸などによって写されたものである[③]。天治本は現存唯一の古写完本として、宮内庁書陵部に所蔵されている。他方、抄本は前期の十二巻完本から和訓を有する文字を抄出し、作成したものである。抄本には享和三年の刊本(享和本)と『群書類従』所収本(類従本)があり、江戸時代中期以来、多くの学者によって伝写されてきた。

『新撰字鏡』は約21000の標出字を160の部首によって配列した古辞書である。標出字ごとに発音と意義を漢字で加えている。そのうち、約3700の字は万葉仮名で和訓が施されている。また、異体字も国字も数多く収録されている[④]

阪倉(1950)は、『新撰字鏡』は漢字を偏旁によって部首を立て配列した辞書であり、部首の配列に当たって天(例えば、天、日、月など)、人倫(例えば、父、親族など)、形体(例えば、目、口、舌、耳、鼻、歯など)などの意義分類もなされていると指摘した。すなわち、『新撰字鏡』は全体的に字形引き辞書で、つまりその字形により、部首別に分類し、さらに意味分類で部首を配列している。

そして、『新撰字鏡』の特徴は部首分類部分と意義分類部分とが混在して構成されることにある。大半は前記のような部首分類部分がある同時に、小学篇字、本草、重点、連字、臨時雑要字など明確に意義分類部分もある[⑤]

二、『色葉字類抄』の諸本、構成と特徴

『色葉字類抄』は成立した後に、絶えずに増補され、下記の諸本が現存している。

原形本:鎌倉時代中期の書写になるという零本。

節用文字:二巻本『色葉字類抄』を平安時代末期或いは鎌倉時代に書写したという零本。

二巻本世俗字類抄:江戸時代中期以後の書写か。識語等はない。

二巻色葉字類抄:長寛元(1163)年までに改編された上下二巻四冊本。永禄八(1565)年の書写。

三巻本色葉字類抄:内膳典膳橘忠兼編。養和(1181)年頃の筆写か。前田家本と黒川家本がある。

花山院家本:江戸時代中期の書写。二巻と十巻本との合冊本。

十巻本伊呂波字類抄:鎌倉時代初期に増補された十巻、完本。

七巻本世俗字類抄:文明九(1477)年頃の書写と言われる。第三巻を欠き、他巻の一部、奥書きにも損傷のみられる六冊本。[⑥]

『色葉字類抄』はまず頭字の第一音節の仮名――「イロハ」の順によって、和語、漢語を四十七篇に分類し、そしてそれぞれの篇の文字を天象、地儀、植物、動物、人倫、人体、人事、飲食、雑物、光彩、方角、員数、辞字、重点、畳字、諸社、諸寺、国郡、官職、姓氏、苗字の二十一部に分類している[⑦]。すなわち、『色葉字類抄』の第一次分類はいろは引き分類の方法を採用し、第二次分類は意義分類の方法を採用する。

『色葉字類抄』は日本語を主体として最初の国語辞書と言われ、「いろは」四十七部による音分類と意義分類とを併用した画期的とも言える分類形式を持っている[⑧]。それは『色葉字類抄』の最も大きな特徴であると思われる。

三、『新撰字鏡』と『色葉字類抄』の部首配列

『新撰字鏡』と『色葉字類抄』の成立は『一切経音義』、『玉篇』、『説文』などの中国古辞書の影響を深く受けたのである。その部首配列の方法も中国の古辞書の影響を受けたと想定できる。福田(1971)は、『新撰字鏡』は『玉篇』の部首そのものの排列をそのまま踏襲はしていないが、『玉篇』の部首の各意義群を単位として考えれば、それが濃厚に継承されており、全体的に意義による類聚が基本をなしている。すなわち、『新撰字鏡』はそのまま『玉篇』の部首配列を踏襲したとは言えないが、意義分類の基準を継承したのである。

部首配列は中国で2000年余の歴史を持っている。後漢・許慎により編纂された『説文解字』は9353の漢字を540の部首に配列し、初めて部首配列の方法を確立した。明清前に、『説文解字』、『玉篇』などのでは、部首配列は漢字の形による分類であるが、意義分類の側面も強いのである。そして、明の梅膺祚『字彙』は『説文解字』の540部を214部に減少し、初めて画数順によって部首を配列した。その後、『康熙字典』などの辞書は基本的に画数順による部首配列を採用している。

他方、日本では、十七世紀になると、『画引和玉篇』のように画数順の目録を付すものが現れ、毛利貞齋の『大広益会玉篇大全』に至ってようやく、『字彙』の部首分類に従うようになる[⑨]。こうして、日本の古辞書の部首配列は、中国の同様に、意義分類によるものから画数順によるものへと転換しており、意義面重視から形態面重視へと傾いていく。そのような変遷の背後には、辞書の性格、編纂方針などの変化のほかに、中国漢字の字形、字義の変化に緊密な関係がある。まず、時代の流れにつれて、漢字の意義も変わってきて、意義による部首配列が道理に合わなくなった。例えば、「失」は元々「手からものが落ちる」を意味したため、手部に分類された。しかし、「失」は損失、失敗、失うことを意味するようになり、「手」との繋がりがなくなったため、手部に分類したこともできなくなった。次に、漢字は古代文字と隷書、草書、楷書などの発展段階を経て、象形文字の色彩が淡くなり、表意性も弱化してきた同時に、字形が簡単化し、部首も少なくなった。例えば、「並」は元々「竝」で書き、立部に分類されたが、字形が変わった後、分類し難くなる。それらの要因によって、意義分類による部首配列は益々辞書の編纂、検索に適応しなくなった。それに対し、字形の簡単化によって、部首の画数順で配列した方がより便利であると考える。

おわりに

現在、多くの漢字辞書は、まず漢字を部首によって分類し、部首を画数順に配列し、部内の漢字を画数順によって配列するという部首配列を採用している。それに対して、『新撰字鏡』と『色葉字類抄』の部首配列は基本的に意義分類の基準で行われている。部首配列の基準が意義分類から画数順へと変遷した要因については、このレポートは日本の古辞書が中国の古辞書の影響を受けたということを前提として、漢字の字義と字形の変化の視点から検討した。すなわち、時代の流れにつれて、漢字の意義は変わっており、所属した部首の意義と一致しないことが多くなり、字形は簡単化し、部首が少なくなった。それらの要因によって、意義分類による部首配列は益々辞書の編纂、検索に適応しなくなり、画数順へと転換した。

 

参考文献:

阪倉篤義(1950)「辞書と分類―新撰字鏡について」『国語国文』19(2)

福田益和(1971)「古辞書における部首排列の基準(上)―新撰字鏡と類聚名義抄」『長崎大学教養部紀要』12 pp1-9

三宅ちぐさ(1982)「「いろは字類抄」における意義分類の変遷とゆれ」『岡大国文論稿』(10)

大友信一博士還暦記念論文集刊行会(1991)『辞書・外国資料による日本語研究』和泉書院

乾善彦(1998)「辞書の編纂と部首分類」『日本語学』17(12)

三宅ちぐさ(2006)「七巻本『世俗字類抄』にみられる出典注記」『就実表現文化』(1)

高橋忠彦・高橋久子(2006)『日本の古辞書:序文・跋文を読む』大修館書店

池田証壽・李媛(2017)「天治本新撰字鏡全文テキスト構築の方法と課題」『じんもんこん2017論文集』2017(2)

藤田拓海(2019)「『新撰字鏡』中の『切韻』について」『日本語の研究』15(1)

[①] 三宅ちぐさ(1982)「「いろは字類抄」における意義分類の変遷とゆれ」『岡大国文論稿』(10)pp28

[②] 藤田拓海(2019)「『新撰字鏡』中の『切韻』について」『日本語の研究』15(1) pp18

[③] 大友信一博士還暦記念論文集刊行会(1991)『辞書・外国資料による日本語研究』和泉書院 pp643

[④] 高橋忠彦・高橋久子(2006)『日本の古辞書:序文・跋文を読む』 大修館書店 pp2

[⑤] 池田証壽・李媛(2017)「天治本新撰字鏡全文テキスト構築の方法と課題」『じんもんこん2017論文集』2017(2)pp39

[⑥] 三宅ちぐさ(1982)pp28、三宅ちぐさ(2006)pp17-18を踏まえて、整理したものである。

[⑦] 三宅ちぐさ(1982)「「いろは字類抄」における意義分類の変遷とゆれ」『岡大国文論稿』(10)pp29

[⑧] 同上論文 pp28

[⑨] 乾善彦(1998)「辞書の編纂と部首分類」『日本語学』17(12) pp39

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