レポート-葉山嘉樹の転向について

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2021年10月27日22:17:22 评论

葉山嘉樹の転向について

はじめに

葉山嘉樹は日本プロレタリア文学の代表的な作家の一人である。1925年に、『文芸戦線』に発表した『淫売婦』をもって、文壇で注目を浴びるようになり、正式に作家として文壇にデビューした。1926年に、『文芸戦線』に『セメント樽の中の手紙』を発表し、一躍して有名なプロレタリア作家となった。葉山嘉樹はプロレタリア作家として発足し、優れたプロレタリア文学を著したが、当時の多くのプロレタリア作家と同様に、最後「転向」の道を選択した。転向の要因については、1925年に治安維持法が制定された後、政府が社会主義運動や労働運動を弾圧し、検挙、投獄、拷だけでなく、死刑に処刑された者も多かったという外的な強制が挙げられる。そのほかに、プロレタリア作家のそれぞれの人生経歴、プロレタリア革命、共産主義思想に対する考え方、信念や信仰心にも関係があると考える。このレポートは人生経歴、プロレタリア思想の視点から、葉山嘉樹の転向を検討する。

 

  • プロレタリア作家の転向

日本のプロレタリア文学運動は1921年に、雑誌『種蒔く人』を拠点として、小牧近江、金子洋文、今野賢三などにより推進され始まった。その運動は1924年に雑誌『文芸戦線』に受け継がれ、勢いも益々高まっていた。同雑誌は青野季吉、前田河広一郎、葉山嘉樹などにより創刊された。1927年に『文芸戦線』を中心に、プロレタリア文芸聯盟が結成した。1928年に、プロレタリア文芸聯盟が前衛芸術家同盟と合併し、全日本無産者芸術聯盟は結成し、『戦旗』を機関誌とした。プロレタリア文学運動が発展していたうちに、その作家達は絶えずに政府からの弾圧、迫害を受けていた。その中に、日本共産党の最高指導者である佐野学、鍋山貞親が共産主義放棄を宣言したことを契機として、数多くのプロレタリア作家は共産主義を放棄した、或いは共産主義運動から離脱した。そのような現象は「転向」と呼ばれる。

「転向」とは共産主義者や社会主義者がその主義を放棄することであり、転向の経緯や転向後の内面を主眼とする文学が「転向文学」である[1]。葉山嘉樹のほかに、村山知義、立野信之、徳永直、島木健作、中野重治などのプロレタリア作家も転向の経験があり、それぞれ『白夜』、『友情』、『冬枯れ』、『癩』、『村の家』などの転向小説を書いた。

葉山嘉樹の創作生涯を概観し、優れたプロレタリア文学作品を創作したが、転向文学の面でそれほどの傑作が見られない。しかし、プロレタリア小説にはすでに後年の転向の兆しが潜んでいると考える。したがって、ここで、そのプロレタリア小説を通じ、その転向を検討する。

  • 葉山嘉樹の代表的なプロレタリア作品

『淫売婦』、『セメント樽の中の手紙』と『海に生くる人々』は葉山嘉樹による代表的なプロレタリア作品である。

『淫売婦』は重病にかかって瀕死の女とヨロケ[2]で働けなくなった三人の男は共同体となり、女はやむなく自分の体を売って、薬や卵の金を稼ぎ、三人の男は女を助け、男の客を招来してもらったというストーリを述べた。葉山嘉樹から見れば、この淫売婦は「幼い時から、あらゆる人生の惨苦さんくと戦って来た一人の女性が、労働力の最後の残渣ざんさいまで売り尽して、愈々いよいよ最後に売るべからざる貞操まで売って食いつないで来た」[3]という悲惨な被搾取階級の女である。彼女はほかのプロレタリアと同じ、「自分の胃の腑ふを膨ふくらすために、腕や生殖器や神経までも噛かみ取ったのだ」[4]。葉山嘉樹は「淫売婦の代りに殉教者を見[5]」て、「被搾取階級の一切の運命を象徴しているように見えた」[6]と思った。小説になんども「蛞蝓」という言葉が現れる。葉山嘉樹は当時の日本におけるプロレタリアが「蛞蝓」と同じ、太陽に照らされなく湿った所に生活し、誰も抵抗できない弱い存在である。この小説の中に、葉山嘉樹はプロレタリアが被搾取階級として、恣意的に蹂躙・虐待され、血の最後の一滴まで搾取されたという悲惨な運命を赤裸々に描写した。

『セメント樽の中の手紙』は毎日長時間の重労働をしていてセメント作業に従事した労働者である松戸与三はセメント樽から、あるセメント袋を縫う女工が書いた手紙を発見したというストーリを述べている。その手紙は自分の恋人がクラッシャーに巻き込まれ、粉々に砕かれ、石と一緒にセメントになってしまったから、せめてそのセメントの行方を教えてほしいという内容である。小説の内容から見れば、『淫売婦』と同じ、被搾取階級としてのプロレタリアの悲惨な運命を描写する。主人公の松戸与三はセメントあけに従事した労働者であり、毎日十一時間働いていて、昼飯と三時休みと二度だけの休みがあり、鼻穴のセメントを掃除した暇もなく、「鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている」[7]。このように長時間の重労働をしていたため、女工の恋人は疲労の極みでうっかりと石の破砕器に巻き込まれてしまったのである。

『海に生くる人々』は原題が『難破』で、プロレタリア文学初期の画期的なモニュメントとして位置づけられる作品であると思われる[8]。第一次世界大戦の時期に、室蘭・横浜航路の石炭貨物船万寿丸では、労働運動の経験のある藤原、『資本論』を読みがしっている便所掃除人の波田、高級船員を夢見る舵手の小倉など様々な船員達は、冷酷で残忍な船長の下で、過酷な労働条件で生命を危険にさらしながら働いていた。酷く搾取されてきた彼らはついに階級意識に目覚め、団結してストライキを敢行し、船長に7項目の要求をつきつけ、ささやかな勝利を取ったが、横浜で指導者たちが逮捕された。この小説は海を航行していた貨物船を舞台とするが、当時の社会の縮図と見なされていい。様々なタイプ労働者の生活、階級的な自覚、組織的な闘争など、それまでの文学作品に描かれないものを生き生きと描写している。

  • 葉山嘉樹の転向の要因

3.1 葉山嘉樹の人生経歴と転向

 作家として文壇にデビューする前に、葉山嘉樹は海員、学校の事務員、セメント会社の工務係、新聞記者などを転々と担当していたため、被搾取階級に対して深い理解と同情を持っており、労働運動に投じたのである。1923年に検挙されて入獄したが、1925年に出獄して『淫売婦』、『セメント樽の中の手紙』で一躍して脚光を浴びた作家となった。1926年に、長編小説『海に生くる人々』は改造社により刊行され、文壇で大きな反響を呼び起こした。中に、『淫売婦』、『海に生くる人々』は獄中に著されたものである。

葉山嘉樹は獄中において、嘔吐と癌腫との悪臭の中で肺が耐え得るかどうか危ぶまれるような現実の自己の生の蹂躝された極限的な状況を捉えた。この体験を『淫売婦』における苦難な姿に文学的虚構性を持って仮託した。しかし、彼の精神はそれに蝕まれ、挫折し、沈静したことがなかった。この時、労働運動の放棄・離脱や思想的な屈折・挫折はなかったはずである[9]。『淫売婦』の主人公の民平は女が三人の男に迫られて淫売婦となったと誤解したため、義憤を感じ、男を殴り、女を救い出そうとする。普通の労働者の一員である民平はプロレタリアの悲惨な運命を見た後、自分の力で何かをして彼らを救い出そうという勇気を湧き出した。

『海に生くる人々』は初期のプロレタリア文学界において先駆的、画期的な小説である。この小説の最も推称したい点は、何より、全篇を貫く、その剄烈なる圧力にある。この圧力こそは、あらゆる読者を駆って、勃興階級の胸奥に波打つ、熾烈な闘争意識の渦中に、知らず知らずの間に、捲き込まずには置かないものがある[10]

それに対して、『セメント樽の中の手紙』において、松戸与三は女工の手紙を読んだ後、「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ぶち壊して見てえなあ」と怒鳴った[11]が、「へべれけになって暴あばれられて堪たまるもんですか、子供たちをどうします」[12]と妻の話を聞き、妻の「大きな腹の中に七人目の子供を見」[13]て、到底何も言わず、何もしなかった。松戸与三は搾取されたプロレタリアの悲惨な人生に対して深い同情、彼らを迫害していた資本家階級へ強烈な怒りを感じたが、自分の家族を配慮したため、『淫売婦』、『海に生くる人々』の主人公のような闘争意識を湧き出しない。

葉山嘉樹の転向は早くも『セメント樽の中の手紙』からその兆しが見えると考える。その背後に、彼の出獄の人生経歴に関係があると思われる。1925年3月に、刑期を終えた葉山嘉樹は巣鴨刑務所を出獄したが、妻の喜和子は行方不明となり、嘉和と民雄の二子は飢死してしまった。7ヶ月の懲役を受けたあげぐ、肉親を失い、一家が離散してしまった。その時に、葉山嘉樹は「飲酒の癖を覚えた。ひどくニヒリスチックになってしまった」と記している。獄中と違って、葉山嘉樹は最も屈折し挫折した心境となった。元々性格的外向性が強かったが、出獄後、労働運動に再び復帰することなく山の生活を求め、木曽の落合発電所工事に従事し、明らかに現実を逃避した。これは後の転向に伏線を張ったのである。

3.2葉山嘉樹の転向とプロレタリア思想の局限性

『海に生くる人々』に描写された労働者の中に、中心的、指導的な役割を果たした人物は藤原である。藤原という人物像を描写した時に、葉山嘉樹は自分の労働運動の経験、プロレタリア思想を素材として利用した。藤原は船員達を率いてストライキを行った時に、船長に労働時間の減少や賃金の増加などの7項目の要求を提出した。このストライキは一時的な成功を取ったが、最後に失敗してしまった。失敗の要因について、ストライキで提出した7条の要求は主に経済的な側面に止まり、船長が代表した資本家階級と藤原が代表したプロレタリアとの対立の根本的な要因に及ばなかったということが挙げられる。すなわち、藤原達の闘争は徹底的なものではなく、プロレタリアを被搾取の運命から救い出すこともできない。

そして、『海に生くる人々』のストライキは藤原をはじめとした四人によって計画され、実行され、ほかの労働者の覚醒を呼び起こし、団結させたことができなかった。「ときどきは労働者は勝利するが、それは一時の勝利にすぎない。彼らの闘争のほんとうの成果は、その直接の成功にはなく、労働者の団結がますますひろがっていくことにある。」[14]と野村(1983)が指摘したように、プロレタリアの闘争はたとえ一時的な勝利を取っても、労働者の団結を一歩ずつに実現できれば、いつか本当の成功を遂げることができる。しかし、『海に生くる人々』の闘争は最後にそのような成功も挙げなかった。

葉山嘉樹のプロレタリア思想の局限性はその後の転向に深い関係を持っていると考える。資本家階級と徹底的に戦う勇気もないし、労働者全体を団結させる意識もないため、葉山嘉樹は死ぬまでプロレタリアの立場を守る意志力を持っていなかった。

 

おわりに

このレポートは『淫売婦』、『セメント樽の中の手紙』と『海に生くる人々』という三つの作品を事例にして、人生経歴とプロレタリア思想の局限性の視点から、葉山嘉樹の転向の要因を検討した。自分の入獄による二子の死亡、家族の離散は葉山嘉樹に大きな衝撃を与えた。それに加えて、元々葉山嘉樹のプロレタリア思想に局限性があるため、最後に転向の道を選ぶようになった。

 

参考文献

  1. 葉山嘉樹『淫売婦』青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/397_21662.html
  2. 葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』青空文庫

https://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/228_21664.html

  1. 山田清三郎(1927)「『海に生くる人々』小感」『文芸戦線』第4巻2号 pp19-22
  2. 浅田隆(1968)「葉山嘉樹小論―「海に生くる人々」に現れた葉山の内面的論理について」『論究日本文学』(34)pp17-29
  3. 浦西和彦(1970)「「淫売婦」と『海に生くる人々』」『国文学』第44巻 pp33-42
  4. 森山重雄(1971)「葉山嘉樹と名古屋事件」『日本文学』20(8) pp13-22
  5. 野村正寶(1983)「マルクス・エンゲルスの労働組合論と革命論」『岡山大学経済学会雑誌』14(3・4) pp321~343
  6. 藤澤秀幸(2017)「昭和の文学(戦前)」『清泉女子大学教職課程紀要』第1号pp41-44

 

[1] 藤澤秀幸(2017)「昭和の文学(戦前)」『清泉女子大学教職課程紀要』第1号pp43

[2] 鉱山労働者の職業病である。

[3] 葉山嘉樹『淫売婦』青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/397_21662.html

[4] 同上

[5] 同上

[6] 同上

[7]  葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/228_21664.html

[8] 浅田隆(1968)「葉山嘉樹小論―「海に生くる人々」に現れた葉山の内面的論理について」『論究日本文学』(34)pp28

[9] 浦西和彦(1970)「「淫売婦」と『海に生くる人々』」『国文学』第44巻 pp36

[10] 山田清三郎(1927)「『海に生くる人々』小感」『文芸戦線』第4巻2号 pp20

[11] 葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/228_21664.html

[12] 同上

[13] 同上

[14] 野村正寶(1983)「マルクス・エンゲルスの労働組合論と革命論」『岡山大学経済学会雑誌』14(3・4) pp326

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