一私立教養大学における教養教育の展開

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2021年10月22日20:01:25 评论

目次
序論∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 2
1.はじめに
2. 本論文の構成
3.先行研究
4.戦後の高等教育改革
5.大学設置基準の改定
第1章 総合科目の導入∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 8
1.1 一般教育科目と総合科目
1.2 玉蟲文一と遠藤眞二
1.3 東京女子大学の一般教育
1.4 総合科目導入の経過
第2章 一年次特別プログラム∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 14
2.1 「特プロ」の特色
2.2 「特プロ」導入の経緯
2.3 「特プロ」の評価と課題
第3章 共通専門科目の創設∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 19
3.1 短期大学部の4年制への改組と将来構想
3.2 「共通専門科目」の創設
3.3 「共通専門科目」の特色
3.4 「共通専門科目」の評価と課題
第4章 カリキュラム改革の動機と成功要因∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 26
4.1 カリキュラム改革の障害
4.2 カリキュラム改革の社会的条件
4.3 カリキュラム改革の学内的条件
4.4 カリキュラム改革の目的と動機
4.5 カリキュラム改革の成功要因
終論 ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 33
1.カリキュラムの実質化に向けた課題
2. おわりに
《参考文献》
《資料》
序論.doc 2003 年2 月22 日 深野
序論
1. はじめに
2002 年2月に中央教育審議会でまとめられた「新しい時代における教養教育の
在り方について(答申)」では、「生涯にわたる人格の陶冶を考えた場合,10 代後
半から20 代前半にかけての時期においては,社会の中での自己の役割や在り方を
認識し,より高いものを目指していくことを意識した知的訓練を行うことが重要
である。大学の教養教育はこうした知的訓練の中核を占めるものであり,学生に
は,学ぶ意識を高く持ち,主体的にこの訓練に取り組む姿勢が求められる」とし
て高等教育段階における教養教育の重視を求めている。これを受けて文部科学省
から「特色ある大学教育支援プログラム(教養教育重点大学)」1)の指定を行なう
方針が打ち出された。これらは、大学設置基準大綱化(1991 年)以降の国立大学
を先頭にした専門教育重視指向に対して歯止めをかけようとしたものである。
1991 年の大学設置基準大綱化以降、ほとんどの大学で教養カリキュラムを中心
としたカリキュラム改革が行われてきた2)。しかし、大学設置基準が大綱化され
るまで日本の大学では、カリキュラム改革の動きは非常に少なかったと言われる。
特に専門教育以外の部分では、大学設置基準により設置科目や単位数が定められ、
各大学が個別に独自性や特色を出すことは難しかった。
そうした中でもいくつかの大学では個性的な教育を標榜し、限られた条件の中
でカリキュラムの改革を進めてきた。その一つに東京女子大学が挙げられる。
東京女子大学は、キリスト教主義に基づき日本の女子に高等教育の機会を与え
ることを目的として1918 年に創立した小規模私立大学である。欧米のリベラルア
ーツ・カレッジをモデルに、少人数でキメ細かい教育と高レベルの教師陣によっ
て、戦前・戦後にかけて名声を得てきた3)。そうした小規模教養カレッジとして
の雰囲気は次第に薄れてきているが、《研究中心の大学でも、職業資格取得のため
の大学でも、大規模総合大学でもない》教育重視型の教養大学として、一般教育
ないし教養教育を長年にわたって重視してきた。この意味の教養大学としての東
京女子大学を、本論文標題では「一
いち
私立教養大学」というタームで用いた。
筆者は、現在及び近未来のカリキュラムの現況と改革課題を実践的に考える必
要性を痛感している。しかし本論文では、将来のその課題に至る前提として、1960
年代から1980 年代末までの3度にわたる東京女子大学のカリキュラム改革を取り
上げることとしたい。東京女子大学の過去のカリキュラム改革を分析することは、
東京女子大学における現在及び近未来のカリキュラム改革を有意義なものにする
ために有効と考えられるが、それに留まらず大学カリキュラムの社会との関係、
学生をも含む大学内構成メンバーとの関係、また改革におけるリーダーシップ論
など多方面において、各大学でさまざまな改革を検討し実施する際に役立つので
2
はないかと考える。
なお、東京女子大学の学部・学科構成は現在、文理学部7学科と現代文化学部
3学科の合わせて2学部10 学科、大学院3研究科8専攻であるが、現代文化学部
発足前の短期大学部及び大学院については、本論文の対象としていない。さらに
本論文では2学部の問題を指摘している部分を除いては、基本的に文理学部のカ
リキュラムの問題を取り上げている。
2. 本論文の構成
使用した原資料は教授会記録や教務部資料などであり、それらは現在、東京女
子大学教務課、大学資料室及び大学事務部長室に保管されている。また当該カリ
キュラム改革の実施に大きな役割を果たした遠藤眞二東京女子大学名誉教授にイ
ンタビュー(2002 年12 月19 日)を行ない、さらに遠藤が『一般教育学会誌』に
5回にわたって寄稿した報告・論文4)を参照した。
序論では、東京女子大学のカリキュラム改革を検討する前提として、戦後の高
等教育改革と大学設置基準の改訂の経緯を取り上げる。日本では、私立大学とい
えども大学設置基準をはじめとする法規に縛られており、独自カリキュラムを創
設するにあたっては様々な制約をかいくぐり、乗り越えて進めなければならなか
った。また戦後の社会・経済の急成長とともに、大学を取り巻く社会状況が、大
学紛争を一つの頂点として大学内に大きな影響を及ぼしてきた。こうした大学外
の状況を、特に学部学科構成やカリキュラム編成の問題に注目して言及した。
第1章では、1961 年から導入された「総合科目」について取り上げる。「総合科
目」は1970 年の大学設置基準の改定により公認されたが、東京女子大学ではその
9年も前から実施し、その成果を大学基準協会一般教育研究委員会などで報告し
ていた。東京女子大学の「総合科目」導入の経緯を、玉蟲文一と遠藤眞二という
2人の教員の役割を踏まえつつ振り返った。
第2章では、1969 年度から1982 年度まで文科系1年次学生を対象に行われた教
養ゼミである「一年次特別プログラム」を取り上げる。大学紛争期の一般教育改
革論議の中で、総合科目とともに唱導された教養ゼミは東京大学や千葉大学でも
実施されたが、東京女子大学はその中でも選択必修という形で全員に履修を課し
たことが大きな特徴である。このプログラムについて、プログラム創設の意図と
それに対する学生の反応、教員側の意識といった問題に注目した。
第3章では、1988 年に創設され現在も続いているカリキュラム「共通専門科目」
を取り上げる。短期大学部の4年制昇格という課題を、当時の学長は文理学部の
学科再編により大学改革につなげようとした。この学長提案に対し文理学部教授
会が反発し、学長提案への対抗策として打ち出されたカリキュラム改革の柱が「共
通専門科目」の創設である。「共通専門科目」創設の経緯とともに、「共通専門科
3
目」という発想がどこから出てきたのかを、当時の一般教育学会における研究な
どを踏まえて検討した。
1章・2章・3章において紹介した東京女子大学におけるカリキュラム改革の
事例を踏まえ、第4章では東京女子大学におけるカリキュラム改革の動機とカリ
キュラム改革を成功させるためには何が必要であったかを分析・検討する。
以上により、一私立教養大学である東京女子大学において、教養教育がいかに
展開されてきたか、実践の中で探求された問題は何か、残された問題は何がある
かを論じたい。
3. 先行研究
1990 年代までの大学を取り上げた論議は、マスコミも含め大学の管理運営に関
するものがほとんどであり、大学教育に関する論議はほとんど行われてこなかっ
た。特にカリキュラムの問題の研究は、大学設置基準が各大学のカリキュラムを
きつく縛っていたために、きわめて低調であったと言わざるを得ない。
そうした状況の中で、一般教育学会(1979 年創設、1997 年に「大学教育学会」
に改称)における調査活動と実践的研究は、長期にわたり継続して行われてきた
ことも合わせ重要な意義がある。『一般教育学会誌』(1980 年発刊)に掲載された
多くの論文は、現在のカリキュラムの問題を考える際に大いに役立つものである。
この他に、海後宗臣と寺崎昌男による『大学教育』(東京大学出版会,1969)が
大学教育全体の諸課題を論じる中で一般教育及びカリキュラムに関する記述を行
なっている。大沢勝他『講座・日本の大学改革』全5巻(青木書店,1982)と、広
島大学の関正夫による『日本の大学教育改革』(玉川大学出版部,1988)などの大
学教育改革に関する研究は、大学改革全体の諸課題を論じる中でカリキュラム改
革に関する記述を行なっている。このように1990 年代以前には、大学教育全体を
論じる大作の中の一部として、若干なりとも一般教育及びカリキュラムに関する
記述が行なわれる状況であった。特に個別大学の教育分野の状況を記録したもの
は、『東京大学百年史』(1986)に若干の記述がある程度であった。
東京女子大学を扱った教育分野での研究は、遠藤による『一般教育学会誌』へ
の5回にわたる寄稿、「東京女子大学一般教育総合コース『女性』4年間の歩み」
(1966 年)、浦田まり子と長石真澄が学生アンケートをまとめた「高等教育におけ
る教育方法の改革に向けて」(東京女子大学『論集』29,1978)がある。浦田・長
石の研究は1970 年代の学生の意識を知る上で意義深いものであるが、アンケート
の集計に留まり、カリキュラムなど教育分野に関する分析には至っていない。
1991 年の大学設置基準大綱化以降は、ほとんどの大学がカリキュラム改革を行
い、多くの大学が自分たちが行なったカリキュラム改革の記録を残している。各
大学が作成する「自己点検・評価報告書」の重要な柱の一つにカリキュラム改革
4
の内容が記され、また各大学が発行する年史の編纂にあたってもカリキュラムの
問題が必ず取り上げられるようになってきた。
また桜美林大学の清水畏三、井門富二夫らによる『大学カリキュラムの再編成』
(玉川大学出版部,1997)は、大学設置基準大綱化以降の教育内容の再編と組織の
再構成に関する問題をまとめたものである。さらに現在のカリキュラム改革に関
する動向としては、『立教大学〈全カリ〉のすべて』(東信堂,2001)と絹川正吉編
著『ICU〈リベラル・アーツ〉のすべて』(東信堂,2002)が教養教育改革ドキュメ
ントとしてシリーズ化され、研究書としてではなく一般向けの単行書として発刊
されている。他にも寺崎は『大学教育の創造− 歴史・システム・カリキュラム』(東
信堂,1999)や『大学教育の可能性− 教養教育・評価・実践』(東信堂,2002)にお
いて、大学制度全体を論じる中で教養教育のカリキュラム改革について深く論じ
ている。
4. 戦後の高等教育改革
戦後の高等教育改革は、占領軍当局による日本政府に対する教育制度再検討指
令5)から始まる。これを受けて日本側は「日本側教育家の委員会」(南原繁委員長)
を創設し、1946 年3月に来日する第1次米国教育使節団に報告するための基礎資
料を作成する作業をはじめた。1946 年8月に日本側教育家の委員会は教育刷新委
員会(安倍能成委員長)に再編され、GHQと連絡を取りつつも日本人の専門家
の手によって戦後の教育制度を形づくっていった。

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